LOVE DRIVE,LOVE MITSUBISHI

心に刻まれた時代と風景へ
懐かしいクルマが運んでくれる

MINICA SKIPPER Ⅳ L/L / 1973
DIAMANTE ESPADA / 1994

OOI AKIO

古来から山陽地方と山陰地方を結んできた銀山街道。その宿場町の息遣いを残す三次市の街並みの一角。小さな一台のクルマを車庫から連れ出す。「ちょっと待ってくださいね。暖気運転しますから」という声と同時にエンジンに火が入る。ボンネットを開け、360cc水冷直列2気筒のエンジンの小気味よい鼓動を眺めながら、これまでの修理やメンテナンスの苦労をにこやかに話す大井さん。アンティークなクルマと過ごしてきたライフスタイル、そして自身が開発に関わった一台のクルマについてお話を伺った。

新しい扉を開いた、憧れていた一台との再会。

ミニカスキッパーは小学生の頃に憧れていたクルマです。30年ぐらい前に中古で見かけて購入しました。今よりも小さな、当時の軽自動車規格のなかで、精いっぱい頑張ってクーペのデザインを実現している点が気に入っています。当時は旧車というより、どこにでもある中古車だったんですが、時代を経るにつれて珍しがられる存在になりました。通勤はもちろん、走行会に、クラシックカーのイベントにと、ちょっと酷使しすぎて動かなくなりまして、実はこれは20数年前に入手した2台目なんです。こちらもエンジンを既に2回載せ替えています。

好きなものが繋ぐ”関係性”に魅せられて。

(ふる)いクルマって「見て楽しい、乗って楽しい、いじって楽しい、人とかぶらない」存在です。自分の場合、昭和40年代の風景への憧れがそのまま今も残っていて、その時代のクルマはもちろん、炭鉱跡や工場跡などの産業遺産とか、歴史がある街並みにもノスタルジーを感じます。だから、古い史跡に関する会合とか、懐かしいクルマが集まるイベントに年中参加しています。共通する趣味を前にすると、全国から集まった初めて会う方と、年齢や立場も関係なく、すぐに仲良くなれる感覚が好きなんです。

ノスタルジックな時代を感じてもらえたら。

うちにある(ふる)いクルマは、クラシックカーのイベントに参加することも多いので、70年代の雰囲気を伝えるステッカーや装飾だったり、8トラックのオーディオなどのオプションパーツとか、できるだけ当時に存在したものを装着しています。現代的なものをなるべく車内には置かないように気を遣うことで、懐かしい空気感をリアルに皆さんに感じて欲しいですね。最新のクルマにも興味は持っていて試乗したりもしますが、やっぱり(ふる)いクルマならではの「自分で運転している感覚」からは離れられないですね。

クルマが好きで、気が付くと仕事にしていた。

三次で生まれ育って、幼少期は国道を行き交うクルマの名前を一台一台言い当てるような子どもでした。仕事としてクルマに関わりたいと、大学で工学部に進み、三菱自動車に就職しました。愛知県の岡崎で内装設計を10年ほど担当しまして、その際に初代ディアマンテのインテリアを手がけました。父がとても喜んで購入してくれたのが、今ここにある一台です。父は戦前の三菱重工で航空機の設計を手掛けた久保富夫さんという方を尊敬しており、その方が後に三菱自動車の社長として数々のヒットを飛ばした逸話なんかも、よく話してくれました。

大切に保管されていた、思い出のディアマンテ。

30年ほど愛知県に住んでいましたが、故郷に帰りたいという気持ちが高まって、8年前に広島の企業に転職し、実家に戻りました。父は既に他界していましたが、このディアマンテはきれいに保管されていました。しかし、18年間も車庫に置いてあったため動かない状態で、それを広島三菱自動車販売 三次店の方に相談して修理をお願いしました。部品がない箇所をハンダづけで修理してもらうなど、かなり無理を聞いていただきました。スキッパーのエンジンの載せ替えもお願いしたり、自分のカーライフにとって必要不可欠なパートナーです。

好きなクルマに囲まれて自然体で暮らす。

愛知にいる頃は、住まいから離れた場所にしか車庫を確保できませんでした。三次の実家に戻ってきて、今は住まいにもガレージを併設して、いつでも好きなクルマに触れられる状態です。当初はクルマを観ながら晩酌なんてつもりでしたが、いざ近くにクルマがあるとなかなかそういう時間はとれませんね。あまり無理をせず、これまでと同様、クルマや産業遺産など、好きなものに自然体で向き合っていきたいと思います。悠々としたガレージライフを過ごしていけたらと思っています。

車とオーナー写真
LOVE

MINICA SKIPPER Ⅳ L/L / 1973
DIAMANTE ESPADA / 1994

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